喫茶「吾眠」新作コーナー

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<<   作成日時 : 2005/06/12 00:33  

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§00


「本日の作戦は……」

 ハンガー(格納庫)脇に据えられたブリーフィングルームのスクリーンに宇宙図を映し出しながら、十二名のパイロットに対しクルト・シュナイダー少佐はそう切り出した。

「輸送船団 tp1829 の担当空域間護衛である。tp1829はエリア”00ff66”から”ff0066”へ抜けるルートを辿る。エリア”00ff66”でイタリア宙軍第203航宙戦隊から護衛を引き継ぎ、”ff0066”でフランス宙軍第38航宙戦隊へと引き継ぐまでを諸君の担当する。第三小隊が直営、第一、第二小隊はスクランブルに備え二級配置で待機する」

 3D表示された宇宙図を指さしながら説明するクルトの言葉を、ベンチシートに座る十二人のパイロットが真剣なまなざしで聞いている。その姿勢は自分たちの隊長の言葉を一言も聞き漏らすまいとしているようであり、そんな彼らの姿をみるだけでそれがどれほど統制のとれた軍かということを窺い知ることが出来る。

 自分の部下たちの態度に満足げに頷く。彼の前に居並ぶ顔は皆若い。中にはまだ十代と思われるようなあどけなさを残した顔つきもある。最も彼にしてもまだ二十代半ば。それを思えば部下たちが若いのも頷ける。それは隊長の年齢に部下を合わせるということでは決してない。十代の少年兵が前線にいるということ、彼が二十代半ばで佐官クラスにまで昇進しているということ……。それらの事実が物語るのは決定的な人材不足ということだ。

 人材が不足するということは、戦争が長引いているか、それとも極端に死傷率が高いのか……。

 戦争自体も当初の予想を裏切り、大幅に長引いてはいるが、それよりも死傷率が問題なのだろうとクルトは考えている。大気圏内では助かる損傷も、宇宙では致命傷となり得る。よしんば被弾した機体から脱出できたとしても、そこにあるのは無重力の闇。誰かに発見され、救出されなければ、自力で生還する方法など皆無なのだ。漆黒の闇の中で孤独の恐怖と戦いながら死んでいった兵士がどれほどいたか?
 脱出しても待っているのは漂流の末の死でしかないことは皆がわかっている。広い宇宙空間で漂う兵士を発見するのは、夜の海原を漂う水兵を探すことと比較しても、格段に難しいのだ。
 それでも皆、可能であれば脱出を試みる。自機の発する火にまかれ一瞬のうちにむかえる死のほうがどれだけ楽かわからないというのに。ボンベの酸素は限りがある。窒息の恐怖と戦いながらの宇宙遊泳は、とても正常な精神を保つことを許さないだろう。それだけのことがわかっていながらも、それでもやはり被弾したら自分も脱出を試みるであろうと彼は思う。行き着く先を知りながらも、万が一の可能性にすがってしまうのが生に執着する人の悲しき性なのだろう。

 目の前に居並ぶ顔を眺めながら、クルトは憐憫にも似た感情を彼らに抱く。ひとたび戦闘になればこの若い命の何割かは確実に消滅するのだ。そのほとんどが志願兵であったにしても、それが薄まることはない。志願兵の大半は、イデオロギーに踊らされた純粋な者たちなのだから。
 過去の自分を振り返るように彼らを見ていたクルトは、思いなおしたように再び口を開く。

「いいか? 護衛作戦の度に口を酸っぱくしていうが、諸君らの任務はあくまでも船団の護衛である。戦果を焦り無理に敵を撃破しようとするな。ハエは追い払えば事足りる。繰り返すが敵を落とすことが諸君らの役目ではない。味方に玉を当てさせないことだ!」

 クルトの訓示に皆が興奮に顔を赤らめながらも、キッと引き締める。

「以上、何か質問は?」

 兵達からなんの応答もないことを確認し、彼は姿勢を正した。

「それでは諸君らが任務を全うし、全員が無事帰還することを祈る!」

 クルトの言葉を待っていたように全員が、ガタッと音をたて立ち上がると、一糸乱れぬ動作で敬礼をする。それに答えるように彼はグレー基調の士官服の踵を甲高い音を立てて合わせ、手のひらを前に向けたドイツ宇宙軍指揮の敬礼で返礼する。彼が手を下ろすのを待ってパイロットたちは個々に部屋を後にした。



「クラウス」

 真っ先に部屋を飛び出していこうとする若者をクルトは呼び止めた。

「ハッ!」
 振り向いた若者は緊張した面持ちで姿勢を正す。

「今日が君の指揮官としての初陣だな」
「ハッ! 少佐の訓示に従い、見事輸送船団を守るよう最善を尽くします!」

 鯱張ってそう答える部下にクルトはわざと笑って見せる。

「君の決意はよく分かった。しかし、指揮官は自分が頑張れば良いという立場ではない。常に広い視野で小隊全体を見ることだ。たった三人とはいえ、部下の命は君が握っているのだからな。無理は禁物だ」

 そう言うと彼はクラウスの肩を叩いた。

「もし敵が現れれば、基地の監視システムでも確認できるが、必ず発見の報告を入れろ。その後はマニュアルに従い威嚇、本隊が到着するまでの時間を稼げばいい。功をあせって自分たちだけで守り抜こうとするなよ。これは第一九戦闘中隊全体の任務なのだからな。本隊と一緒にわたしも出る。到着したら後はわたしが指示を出す。それまでの時間が稼げればいい。忘れるな、死に急ぐなよ」

 そう言うとクルトは、もう行けといわんばかりに彼の背中をポンと押した。

「ハッ! ありがとうございます!」

 クラウスは噛みつくようにそれだけいうと部屋を後にした。ひとり残されたクルトはそんな彼の態度に深い溜息をついた。



*********************************************************************

 無重力に身を任せハンガーへと続く通路を漂いながら、クラウスは先程の自分の態度を振り返り自己嫌悪に陥っていた。相手は仮にも上官であり、彼は自分を心配してわざわざアドバイスしてくれたのだ。それなのにまるで反抗するかのような態度を取ってしまった。
 全ては彼の若さにあるのだとクラウスは思う。クルトは自分より二つかあるいは三つ年上なだけなのだ。それなのに少佐にまで上り詰め、このドイツ宇宙軍の要塞基地ヴァルハラの中核ともいえる第七七戦闘航空団の指揮官という要職にある。それにひきかえ自分はようやく少尉となり、今日初めて部下を率いて戦場に出る。部下の数もクルトが七十人以上いるのに対し、自分はたったの三人。その差が自分に忸怩たる思いを抱かせるのだ。
 これがまだ彼がそれ相応の年齢であれば、たいした反感も抱くことなくその命に従えたであろう。しかし気が利きすぎる同年代の上官というのは単なる厭味でしかない。いっそ戦果をあげろ! 御国の為に死んでこい! と命令してくれれば嫌うことも出来ように……。それすらも許しては暮れない出来た上官に素直になれない自分のちっぽけなプライドを彼は呪った。



「小隊長殿、どちらへいかれるんで?」

 気がつけばすでにクラウスはハンガーの中に入り、自分の乗機の上を通りすぎようとしていた。そんな彼を見て、部下となったヨアヒム・クリューガー少尉が茶化すように言う。この男の存在もクラウスの頭の痛いところであった。

 なんでこいつが俺の小隊なんだ?

 心の中でそう呟き、それ以前になんで栄えあるドイツ宇宙軍にいられるんだと思いなおす。軍のなかでも宇宙軍といえば生え抜きのエリート集団である。実力もさることながら、人としての品性や素養も重視されてしかるべきではないのか? ヨアヒムは宇宙国よりも親衛隊向きだと常々彼は思っていた。もっとも今の時代そんな物騒な組織はないが。

「ちゃんと休憩とってないんじゃないですか〜。いくらおもてになるからって、部屋に女を連れ込んじゃいけませんねぇ。それって服務規定の第七条の四項に違反しますよ。しょ・う・た・い・ちょ・う・ど・の」
「もはや有名無実な規定だ」

 吐き捨てるようにそう言うとクラウスは自分の搭乗する機体に向かってリーディングケーブルを張ると、それに引かれるようにして向きを変える。

 くそ! わざと全員に開放されている無線で言いやがった!

 クラウスは心の中でそう毒気付く。配置につく段階で無線は全員に開放される。だから一端戦闘配置についたらならば、無線による私語は厳禁となる。それを承知でヨアヒムは私語ギリギリと言ったラインで話しかけてきたのだ。彼はあえてそんなヨアヒムを無視すると、乱暴に機体に取りついた。開かれたキャノピーからコクピットにもぐり込もうとしたその瞬間、コツンと背後からヘルメットに軽い衝撃。

『おれは認めないからな』

 無線ではなく、ヘルメットの共振を通して伝わってくる声。

『部下を指揮しようってんなら、一機ぐらい落として見せろよ』

 それだけ言うとヨアヒムはクラウスから離れて自分の機体へ乗り込んだ。しかしクラウスは屈辱に顔をゆがめながら、しばらくの間その場から動くことができなかった。


「ハッチ開放十分前! 各員宇宙服着用 ハッチ開放十分前!」

 ハンガー内に出撃時間が迫っていることを告げるアナウンスが鳴り響いた。



*********************************************************************

「ハッチ解放! 第19戦闘中隊第3小隊発進スタンバイ!」

 ブリーフィングルームの横にあるロッカールームからパイロットスーツに着替えたクルトが出てくるのを待っていたかのように、戦闘機隊の出撃を告げるアナウンスがけたたましいアラーム音を伴ってハンガー内に流れた。それは硬質ガラスで遮られた室内にも漏れ聞こえてくる。そんな声に誘われるかのように彼は窓際に立ち、部下の出撃風景を見守る。

 ハンガーから巨大なアームにつり下げられるようにしてドイツ宇宙軍の主力戦闘機、Messerschmitt Me147 Adler(アードラ)がランウェイへと運ばれる。その機体が目の前を横切る時に、パイロットと目線が合った気がした。 黒いバイザー越しではその視線がどこを向いているのか定かではないが、それでも彼は視線がぶつかったと感じたのだ。

「クラウス……」

 クルトがそうつぶやいた瞬間、パイロットが彼に敬礼をする。それに答えるように彼も頷きながら敬礼を返した。

 機体は一度、ランウェイに入ったところで停止し、一呼吸おいてアラームの音とともにカウントダウンが始まる。シグナルがゼロ値を示した瞬間、エアーの抜ける音とともに機体を固定していたアームが開き、機体が開放される。すると間髪を入れずにメインエンジンのノズルから青白い炎を断続的に発しながらゆっくりと機体はランウェイを滑り出して行った。
 クルトはその炎に顔を照らされながら、機体が視野から消えるまで敬礼を解くことなく、そのままの姿勢で見送った。

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