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zoom RSS 喫茶「吾眠」3周年記念 『立ち止まった素描画』 1.

  作成日時 : 2004/12/07 10:21   >>

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「もう、落ち葉が踊る季節なのね」

 窓際のテーブル席から外を見ていた榛名がそうつぶやいた。
 秋は苦手だ。艶やかなくせに、人を妙にもの悲しくさせる。そんな矛盾した空気がきっと人の心を狂わせる。
 昔はどちらかと言えば秋は好きな季節だった。そのまがまがしい迄に美しくも憐れな景色が、孤独に取り込まれた僕には心地よかった。そして孤独から開放された後には、この季節特有のもの悲しさが気にならなくなり、その美しさだけが際立って見えたんだ。でも、ここ数年忘れていた妖しい空気をいやでも感じさせられてしまうようになった。その原因はいま、窓際で頬杖をつきながら外を見ている女性、そう最愛なる我が奥さん、榛名なのだ。
 彼女は以前付き合っていた男にだまされて、それ以来酷いPTSDに悩まされてきた。もっとも酷かった時には人との接触を一切受け付けなくなるほどだった。今はだいぶ症状も緩和され、ほぼ日常生活に支障は無くなった。けれど、それでもこの季節になるとまだ心が病んで来る。あまり酷くはないけれど、躁鬱の気が現れるんだ。

 物憂げに外を眺める彼女を見て、僕は小さくため息をつくとお茶の準備をはじめた。ペパーミント、ラズベリーリーフ、カモミールを適度に混ぜてポットに入れ、沸いたばかりの熱湯を上から注ぐ。

「こっちの枯れ葉も踊ってら」

 注がれたお湯の勢いにおされてティーリーフがポットの中で踊るように上下するのを見て、目の前の男がそうつぶやいた。彼が手に持つ煙草からも紫煙が燻っている。ゆらゆらと揺れながらも立ち上るそれを見て僕も言ってやった。

「煙も踊っているしね」

 それまでカウンターに突っ伏すようにしながら榛名を眺めていた彼が、ゆっくりと顔を起こした。視線を合わせた後で、力を抜いたようにふっと笑う。

「そうさ、みんな踊っている」
「まるで会議は踊るだね」
「会議は踊る、されど進まず……、か。一体なにが進まないんだ?」
「さあ……」

 曖昧に言葉を濁しながらも僕は思った。あの、枯れ葉のダンスが少しでも彼女の心の慰めになってくれればと。でも、僕がそう願うのは、そうならないことを知っているから……。

「まあ、なにかを見て楽しく思うかどうかなんて、見る人間の心持ち次第だからな」

 そのとき、まるで僕の心を見透かしたように彼がつぶやいた。

「よく、僕の考えていることがわかったね」
「ハルちゃんは永遠に俺の心のマドンナだからな。それに関係することなら大概わかるのさ」
「那珂が聞いたら激怒しそうなセリフだね」

 僕は苦笑する。那珂は彼の奥さんだ。そして榛名の一番の親友でもある。

「あいつはちゃんと心得ているからな。それくらいのことで目くじら立てないさ」
「それにしたって……、聞いたら面白くないんじゃないの?」
「まあな。でもあいつは自分の手綱裁きに最近自信を持っているからな。多分お前が思っているほど気にはしていないと思うぞ」

 彼の言葉に僕は目を丸くする。それで思わず間抜けな質問までしてしまった。

「手綱って……、リュウの?」
「おうよ。他に誰の手綱を裁くっていうんだよ」
「まあ、そうだけど……女にかけては百戦錬磨の遊び人の言葉とは思えないね」

 心底驚きだった。これまでに関係した女性は数えきれず、那珂と結婚した後も愛人を囲っていると言う噂(本当のところは僕も知らない。聞いてもはぐらかされてお終いだから。ただ、否定せずにはぐらかすので多分本当だと僕は思っている)まである男が、嫁さんに手綱を握られているだって? それはもはや驚きと言うよりも笑い話に近い気がした。

「わかっていないね、お前は……」

 そんな僕の雰囲気が彼に伝わったのだろう。やれやれという感じで彼は首を振った。

「どうせいつもみたいに、お前は俺のことを誤解しているとかいうつもりなんだろ?」
「まあ、それもあるけどな……」

 それだけいうと、リュウのやつは大きく伸びをしながら煙草を取り出すと、それに火をつけた。愛用のジッポのオイル臭がここまで漂って来る。深く吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出すと、彼はにやりと笑った。

「ちなみに羽黒家で主導権を握っているのはご主人かな? それとも奥さん?」
「我が家は平等。発案者が主導権を握るの」

 それとこれと一体なにが関係あると言うんだ?

 僕の言葉にリュウのやつは苦笑していた。その目がお前はなにも分かっちゃいないと言っている気がする。でも、彼はその事に関しては、それ以上突っ込んで来なかった。その代わりに胸を張ってこう言う。

「俺の家は亭主関白だ」

 言われなくても判っている。どう考えたってリュウが尻に敷かれるタイプには見えない。だから僕は彼の言葉に鷹揚に頷いて見せた。もっともその後で、彼の奥さんである那珂も決して人についていくタイプでないことを思い出したのだけれど。酒匂夫婦ってプラスとプラスで反作用を起こしたりしないのだろうかとちょっと考えた。

「ふふん!」

 頷く僕を見て、リュウのやつは変な笑みを浮かべたが、僕は別のことに気を取られてそれをあまり気にしなかった。リュウの背後、お店の窓の向こうを見知った顔が通りすぎたのだ。その影がそっと店のドアを開けたときカランと小さくベルが鳴った。あわてたように背伸びをし、ドアの上の端に着いているベルを抑えようとするが手が届かない。空中をミトンの手袋がヒラヒラと舞う。
 目の前の男はそんな背後の様子に気づくこともなく、熱弁を振るっていた。

「だからそんなわけで、男なんて所詮みんな女の手のひらの上で踊る悲しい傀儡に過ぎないって訳だ。またその方が家庭もうまくいくんだよ。だから俺の家は表向き亭主関白、でもその実態はひでえかかあ天下って訳だ……いて!」

 どんな訳でそういった結論に達したのかはさっぱり聞いていなかったけど、そこまで話した所でリュウのやつはカウンターに突っ伏して頭を抱えた。

「なに恥ずかしいこと力説してんのよ!」

 気がつけばさっきまでドアのところで遊んでいた人物がリュウの背後に立っている。その手にはいつのまにかテーブルの上にあったはずの胡椒の入れ物が……。

「なかなかインパクトのある登場の仕方だね、那珂」
「おーい、奥さん。さっきから頭になにか降りかかっているんですけど……」
「お黙り」

 僕とリュウの言葉は共に一蹴されてしまった。我が幼なじみにして、親友の奥さんとなった那珂はすっかり嫁ぎ先の色に染まってしまったようだ。姐さんとしての貫祿がここ数年でしっかりとついてきた。きっと以前の那珂なら「うるさい!」と吠えるところだけれど、今も声はそれほど大きくないのに威圧感だけはバッチリのドスの聞いた一声で皆を黙らせてしまった。

「リュウちゃん、あんた表向き亭主関白は自分から言い出したことだろう! それを自ら暴露しちゃってどうするんだい!」
「そ、そうだけどよう……、ってっか何度も言うようだけどそのリュウちゃんってのやめてくれない?」
「なま言ってんじゃないよ! 一人前の男として扱ってほしかったら、自分で言い出したことぐらいやり通してみなってんだ」
「……」

 事実を目の当たりにさせられて、漸く僕も納得した。たしかにかかあ天下だ。あのリュウが見事に尻に敷かれている。こわもてのお兄さん方を何人も引き連れているヤクザの親分が、実は恐妻家でしたなんてただの笑い話でしかない。結局リュウのやつはそのまま那珂に耳引っ張られて御退場。去り際に「騒がせたな」のひとこと。

 あの〜、お客さん、お代……。

 さりげなく食い逃げされたかも。
 気がつくと二人はおろか、榛名の姿も見えなくなっていた。店には僕とすっかり冷めたハーブティーだけが取り残されていた。

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